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鳥取地方裁判所 昭和51年(ワ)197号 判決 1978年9月28日

原告

高橋肇

ほか四名

被告

池田専一

ほか三名

主文

一  被告池田専一、被告前田剛及び被告株式会社鳥取山田精密金型製作所は各自、原告高橋肇及び原告高橋岳に対し各金一三六五万六七八八円、原告高橋和枝に対し金一五〇〇万円、原告高橋静子に対し金七〇万円ならびに原告高橋和枝についての内金一三八〇万円とその余の右原告らについての右各金員に対する、被告池田専一は昭和五一年一二月四日から、被告前田剛及び被告株式会社鳥取山田精密金型製作所は同月二日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告池田専一は原告農林中央金庫に対し、金八九万五〇〇〇円ならびに内金八一万五〇〇〇円に対する昭和五一年七月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  被告池田専一、被告前田剛及び被告株式会社鳥取山田精密金型製作所に対する、原告高橋肇、原告高橋岳及び原告高橋和枝の、ならびに被告池田専一に対する農林中央金庫のその余の各請求、被告池田末松に対する、原告高橋肇、原告高橋岳、原告高橋和枝及び原告高橋静子の各請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告高橋肇、原告高橋岳、原告高橋和枝及び原告高橋静子と被告池田専一、被告前田剛及び被告株式会社鳥取山田精密金型製作所との間に生じたものについては同被告らの、同原告らと被告池田末松との間に生じたものについては同原告らの、原告農林中央金庫と被告池田専一との間に生じたものについてはこれを一〇分し、その二を原告農林中央金庫の、その余を被告池田専一の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

1  原告ら

(一)  (第一九七号事件)

被告らは各自、原告高橋肇及び同高橋岳に対し各金一三八〇万円、同高橋和枝に対し金一五三〇万円、同高橋静子に対し金七〇万円ならびに同高橋和枝についての内金一三八〇万円とその余の右原告らについての右各金員に対する、被告池田専一は昭和五一年一二月四日から、同前田剛及び同株式会社鳥取山田精密金型製作所は同月二日から、同池田末松は同月三日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(二)  (第四一号事件)

被告池田専一は原告農林中央金庫に対し、金一二三万七六六〇円及び内金一一二万七六六〇円に対する昭和五一年七月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告池田専一の負担とする。

(三)  (各事件につき)仮執行の宣言

2  被告ら

(一)  (第一九七号事件)

(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(二)  (第四一号事件)

(1) 原告農林中央金庫の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告農林中央金庫の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  次の交通事故(以下本件事故という)が発生した。

(一) 日時 昭和五一年七月一三日正午頃

(二) 場所 鳥取市宮長二八の七先県道上

(三) 事故類型 車両相互の正面衝突

(四) 加害車 普通貨物車(鳥一一さ一二九六)

(五) 右運転者 被告池田専一(以下被告専一という)

(六) 被害車 普通乗用車(鳥五五は七一三三)

(七) 右運転者 亡高橋厳(以下亡巌という)

(八) 事故の態様

被告専一は、加害車を運転して鳥取市街地から河原町方面に向け進行中、先行車を追い越そうとしたが、その際、対向車線における車両の有無、対向車両と自車との距離等、追い越しの安全に要する注意を怠り、漫然先行車両の追い越しを開始し、自車を反対車線に突入させたため、おりから対向車線上を鳥取市街地方面へ進行していた被害車と正面衝突した。

(九) 結果

(1) 亡巌は、全身打撲、肝破裂、血気胸、腎破裂等の傷害を受け、そのため翌一四日午後四時頃鳥取市立病院で死亡した。

(2) 被害車は大破し、修理不能となつた。

2  原告高橋和枝(以下原告和枝という)は亡巌の妻、原告高橋肇(以下原告肇という)(昭和四八年生)及び同高橋岳(以下原告岳という)(昭和五〇年生)は子、同高橋静子(以下原告静子という)は母であつて、亡巌の死亡により、原告和枝、同肇及び同岳は、法定相続分各三分の一の割合でこれを相続した。

3  責任原因

(一) 本件事故は、前記1(八)のように、被告専一の過失によつて起きたものであるから、同被告は不法行為者として人的、物的の全損害につき賠償責任を負う。

(二) 被告前田剛(以下被告前田という)は、加害者の保有者として自賠法三条による責任を負う。

(三) 被告株式会社鳥取山田精密金型製作所(以下被告会社という)は、被告専一を加害車とともに社内に常駐させ、これに指示を与えて被告会社の運搬業務のために加害車を運行させていたのであるから、加害車の運行供用者として自賠法三条により、または、被告専一の使用者として民法七一五条により、責任を負う。

(四) 被告池田末松(以下被告末松という)は、被告専一の父で、鳥取市湖山町に本店を置く旭タクシー株式会社の代表取締役であるが、事実上右会社の個人経営者であるところ、被告会社との間に専属的運送契約を結び、加害車と被告専一を被告会社内に常駐させ、被告専一をして被告会社の運搬業務に従事させたうえ、被告会社から定期的に運賃の全額を受領していたのであるから、加害車の運行供用者として自賠法三条により、または被告専一の使用者として民法七一五条により責任を負う。

4  人的損害

(一) 亡巌の損害 四九八〇万円

(1) 逸失利益 四三四〇万円

亡巌は、昭和二一年五月一四日生れ、本件事故当時満三〇歳で、原告農林中央金庫(以下原告金庫という)に勤務し、昭和五〇年度における収入は三二二万九七五四円であつたから、これにホフマン係数一九・一八三を乗じ、生活費三割を控除すると、逸失利益は右金額となる。

(2) 慰藉料 六〇〇万円

(3) 葬祭費 四〇万円

(二)(1) 原告肇及び同岳の慰藉料 各二〇〇万円

(2) 原告和枝の慰藉料 二〇〇万円

(3) 原告静子の慰藉料 一〇〇万円

(三) 右(一)の損害についての損害賠償請求権は、原告肇、同岳及び同和枝が三分の一ずつ相続したので、これに各自の固有の慰藉料を加えた右原告三名の損害賠償請求権の額は、各一八六〇万円となる。

5  損益相殺

右原告らは、自賠責保険金一五〇〇万円の給付を受けたので、その内から、原告肇、同岳及び同和枝の損害に対し各四八〇万円、同静子の損害に対し三〇万円をそれぞれ充当する。そうすると損害残額は、原告肇、同岳及び同和枝については各一三八〇万円、同静子については七〇万円である。

6  物的損害

原告金庫は、被害車の所有者であるが、同車は本件事故で修理不能なまでに破損し、廃車となつた。被害車は、同原告が昭和五一年五月二〇日に購入したもので、本件事故時までに約二か月しか経過しておらず、走行距離も約三〇〇〇キロメートル程度のものであつたから、左記のとおり、その購入代金のほか購入に要した総費用を合わせた総額一一二万七六六〇円の全部が、同原告のこうむつた損害であるというべきである。

購入代金 一〇五万九〇〇〇円

自動車重量税 二万五二〇〇円

自動車取得税 二万九九六〇円

自動車登録費用 六五〇〇円

車庫証明費用 五〇〇〇円

納車費用 二〇〇〇円

合計 一一二万七六六〇円

7  弁護士費用

原告らは、本件訴訟の提起を本件訴訟代理人弁護士に委任したが、その弁護士費用は、

(一) 第一九七号事件については、着手金五〇万円、謝金を勝訴額の五分とする約であつて、原告和枝においてその全額の支払を約したので、本訴においてはその内一五〇万円を同原告の損害として請求し、

(二) 四一号事件については、着手金五万円、成功報酬を勝訴額の一割とする約であつて、本訴においてはその内一一万円を原告金庫の損害として請求する。

8  よつて、

(一) 被告ら各自に対し、原告肇、同岳及び同静子は、前記5の損害残額、同和枝は同残額に7(一)の弁護士費用を加えた一五三〇万円ならびに弁護士費用を除く右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である、被告専一については昭和五一年一二月四日から、同前田及び被告会社については同月二日から、被告末松については同月三日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、

(二) 原告金庫は、被告専一に対し、6の損害に7(二)の弁護士費用を加えた一二三万七六六〇円及びその内弁護士費用を除く金額に対する本件不法行為の日の翌日である昭和五一年七月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

1(一)  請求原因1の(一)ないし(七)は認める。

(二)  同1の(八)は争う。被告専一は、加害車を運転して時速約四〇キロメートルで進行し、時速約三〇キロメートルで進行中の先行車を追い越したのであるが、追い越しを終わり道路を自己車線に変更した際、予測不能のスリツプをはじめて運転の自由を失い、約一五〇メートルの間にわたり左右に四回蛇行運転する状態で進行するに至つたところ、亡巌は、時速約五〇キロメートルで被害車を運転していて、加害車の右状態を約三四〇メートルの距離において認めながら漫然進行し、その中間点において正面衝突したもので、本件事故は亡巌自身の大きな過失により発生したものである。

(三)  同1(九)(1)の亡巌の死亡の事実は認め、同1(九)(2)の事実は争う。

2  同2は不知。

3(一)  同3(一)の被告専一の過失は争う。

(二)  同3(二)の被告前田が加害車の保有者であることは認める。

(三)  同3の(三)及び(四)は否認する。

4  同4は全部争う。

5  同5の自賠責保険金一五〇〇万円の給付の事実は認める。

6  同6は争う。自動車の破損による損害は、購入価格、購入費用の全部に及ぶものではなく、修繕費用とすべきであり、仮に修繕が不可能であるかまたは修繕費用が取得価格を上回る場合でも、損害は破損時の時価に限られるべきである。すなわち、自動車は、購入登録、使用により急激に価値が下降するのが車両取引の常識であつて、定率法による償却を行うべく、二か月間使用し、三〇〇〇キロメートル走行した後の自動車価格は、新車取得時より著しく低額になるのである。

7  同7は不知。

三  抗弁

仮に被告らに損害賠償責任があるとしても、本件事故は、前記のとおり、加害車が運転の自由を失つて進行中であるのを約三四〇メートル手前から認めた亡巌において、衝突地点に至るまでの間退避できる余地があるのに、事故防止の義務を怠り、漫然時速約五〇キロメートルで進行した重大な過失によつて生じたものであるから、亡巌・八割、被告専一・二割の割合をもつて過失相殺されるべきである。

四  抗弁に対する答弁

抗弁事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

1  請求原因1の(一)ないし(七)及び(九)(1)の各事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一号証、第一一号証、第一五ないし一八号証、第二一及び二二号証によれば、被告専一は、加害車を運転して鳥取市街地から河原町方面に向け進行中、本件事故現場手前約一三七・八メートルの地点から先行車を追い越すべく、制限速度四〇キロメートルを越える時速約六〇キロメートルに加速して右地点から約二六・三メートルの地点で対向車線に進入し、同地点から約四六・五メートル進行し、右先行車の少し前に出た所で、前方約一〇二・五メートルの地点を対向してくる被害車を認め、急遽ハンドルを左に切つたところ、折柄降雨中でアスフアルト路面が湿潤していたことから加害車を左前方に滑走させ、道路左端に突込みそうになつたため、あわてて再びハンドルを右に切つたが、今度は車体が右斜線前方に滑走し、ハンドル操作の自由を失つたまま、再び対向車線に進入して、道路右端に近い所で、急ブレーキをかけて進行方向左側へ回避しようとしていた被害車と衝突するに至り、前記のような亡巌の死亡のほか、同車の前部大破、左ドア凹損、左ドア下フエンダー及び左前後輪擦過という結果を発生させた事実を認定することができる。

甲第一二号証、第一九号証、第二五号証各記載の被告専一の供述中、追越開始地点、加害車の速度、加害車がスリツプを始めてからの蛇行の状況及びその距離、被害車の進行状況ならびに衝突地点等について、右認定と異なる趣旨を述べる部分は、前掲各証拠に対比して信用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

二  身分関係

証人平野荘の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証及び原告和枝本人尋問の結果によれば、原告肇、同岳、同和枝及び同静子と亡巌との身分関係が、同原告ら主張のとおりであることが認められる。

三  被告らの責任

1  被告専一の責任

前記一2認定の事実によれば、当時降雨中でアスフアルト路面が湿潤して車輪が滑走しやすい状態であつたから、被告専一としては、制限速度(時速四〇キロメートル)を守り、対向車の有無を確認しかつ追い越しをさしひかえ、ハンドル操作を確実にして、滑走、蛇行などしないよう進行すべき注意義務があつたものというべきであり、しかるに同被告は、右注意を怠り、先行車を追い越そうとして、漫然と加害車の時速を約六〇キロメートルに加速して対向車線に進入したことが原因となつて同車を蛇行、暴走させるに至り、その結果本件事故を惹起したものであつて、同被告に過失が存することは明らかと言わねばならない。

したがつて被告専一は、民法七〇九条に基づき、原告らに対し本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告前田の責任

被告前田が加害車の保有者である事実は当事者間に争いがなく、加害車の運転者である被告専一に過失の認められることは前示のとおりであるから、被告前田は、自賠法三条に基づき、被告専一とともに原告ら(原告金庫を除く)に対し、本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  被告会社の責任

(一)  成立に争いのない甲第二〇及び二一号証、被告本人専一、同前田、同末松及び被告会社代表者の各尋問の結果(専一、前田については各一部)を総合すれば、次の事実を認めることができる。被告本人専一及び同前田の各供述中、この認定に反する部分は、その余の右各証拠に対比して採用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 被告前田は、同末松を代表取締役とする訴外旭タクシー株式会社(以下旭タクシーという)の取締役であるが、常勤する必要もなかつたので、その傍ら運送業を営むべく、昭和五〇年二月ころ本件加害車を購入し、自動車運送事業の免許を受けないまま、そのころ被告末松から紹介されて被告会社の製品の運送に従事するようになつた。

(2) 被告前田は、被告会社のため運送をするについては、同会社の製造工程等から運送の予定を見込んで各会社へ出向き、あるいは、同会社から電話等で注文を受ければ直ちに同会社へ赴くことができるよう待機するなどして、常時同会社の運送依頼に応じうる態勢をとつていて、自己の都合で同会社の仕事を断るようなことはなく、時折知人等から頼まれて梨や引越荷物の運送をすることもあつたが、その運送業務の大部分は同会社の仕事で占められていた。

(3) 被告会社は、自社内に運送部門を持たず、製品の運搬は被告前田のほか、正規の運送業者である鳥取貨物、山陰運送にも依頼していた。

(4) 被告前田は、旭タクシーの仕事に専念すべきこととなつたため、昭和五一年七月初めころ、同末松の子で当時旭タクシーの無線番をしていた同専一を誘い、月給約九万円を支払う約束をして、同被告をして被告会社の製品の運送に従事させることとした。そして、その当初二、三日は、被告前田も同専一に同道して被告会社に赴き、仕事の手配、指示などをしていたが、それ以降は、同会社に加害車を置いておき、被告専一のみが、本件事故発生までの約一〇日間、毎日いつたんは仕事の予定の有無にかかわらず被告会社に赴き、仕事がある限りその都度同会社から直接荷物や行先等についての指示を受けて、製品の運送を行なつていた。そして、被告専一はその間他の仕事は一切しなかつた。

(5) 本件事故は、被告専一が加害車を運転して被告会社の製品を八頭郡八東町の昭和金型まで運搬し、同会社へ帰る途中これを惹起したものである。

(二)  以上の事実関係によれば、形式上は被告会社と被告前田との間に運送契約、被告前田と同専一との間に雇傭契約がそれぞれ存在するものと認められるものの、同前田は、免許を受けず、独立して運送業を営む資格を有しないものであるうえ、実際には、他から臨時に頼まれる仕事以外は、大部分の仕事を被告会社に依存しており、同会社としては、何時でも加害車を利用できる状態にあつて、自社の自動車で製品を運搬するのと異ならない便益があつたものと推認されるし(この点において、鳥取貨物、山陰運送との関係とはおのずから異なるものがあつたと推測される)、被告専一が運搬に携わるようになつてからは、被告会社は、客観的にみて、被告専一に対して直接に指揮監督を及ぼすことができ、社内に常駐させた加害車を自己の支配領域内に収め、その運行を指示・制禦することができる立場にあつたものというべきであるから、被告会社は、加害車の運行に対する支配及び利益を有していたものと認めるのが相当である。

被告本人前田及び同末松の各尋問の結果によつて認められる、被告前田が加害車の購入代金、維持費、任意保険の保険料等を負担していた事実も、前記の事実関係のもとでは、右のとおり認めることを妨げないものというべきである。

したがつて被告会社は、本件事故につき運行供用者責任を免れない。

4  被告末松の責任

被告末松と同前田及び同専一との関係は前記のようなものであるが、原告ら主張のように、被告末松が被告会社と専属的運送契約を結んでいた事実を認めるべき証拠はない。なお、被告本人前田、同末松及び被告会社代表者の各尋問の結果によれば、被告会社が加害車に関して支払う運賃は、鳥取信用金庫南支店における被告末松名義の預金口座に振り込まれていたが、これは、同被告がかつて訴外三ツ輪貨物運送有限会社を経営して、被告会社の製品を運送し、右訴外会社の経営を止めた後は、訴外前田くにあきを運送人として被告会社に紹介し、さらにその後に被告前田を紹介したという経緯があり、他方被告会社としては銀行振込による支払を好都合としたことから、被告前田への支払も便宜上同末松名義の口座を利用し、右口座から同前田が支払を受けることとしていたものであることが認められる。また、被告本人前田、同末松の各尋問の結果によれば、加害車に関する対人任意保険の加入者の名義は旭タクシーであつたが、これは、団体加入によつて保険料分割払の利益を受けるために旭タクシー所有の車と一括して保険契約を締結したことによるものにすぎず、加害車の保険料は被告前田が負担していたことが認められる。そのほか、被告末松が加害車の運行を支配していたことないしは同専一による加害車の運行が同末松の事業の執行についてなされたものであることを肯認すべき資料は何ら見出されない。したがつて、被告末松の使用者責任及び運行供用者責任はいずれも認めることができない。

5  右に検討したところにより、結局本件においては、原告肇、同岳、同和枝及び同静子に対しては、被告専一、同前田及び被告会社が連帯のうえ、原告金庫に対しては被告専一が、それぞれ各原告らのこうむつた後記損害の賠償責任を負わなければならない。

四  亡巌の過失の有無

被告らは、本件事故は亡巌において、加害車が運転の自由を失つて進行中であるのを約三四〇メートル前方に認めながら、衝突地点に至るまでの間、退避できる場所も道路もあるのに、事故防止の義務を怠り、漫然時速約五〇キロメートルで進行したため発生したものであり、亡巌にも相当な過失が存する旨主張する。

しかし、事故発生の経過は前記一2認定のとおりであつて、亡巌が右主張のように遠方から危険を察知しうるような状況にあつたとはとうてい認められないし(甲第一二号証、第一九号証、第二五号証の各記載中、右主張に沿う部分を採用しえないことも前記のとおりである)、右認定事実によれば、加害車が追い越し完了後いつたん左へ寄り、再び右へ転じて危険が明らかになつた時点で、遅滞なく亡巌が急ブレーキをかけるとともに、自己の進行方向左側へ寄つて衝突の回避に努めたことが窺われるので、本件事故発生につき同人に過失があつたものとは認めがたく、被告らの過失相殺の主張は理由がないと言うべきである。

五  損害

1  人的損害

(一)  亡巌の損害 四九三七万〇三六四円

(1) 逸失利益 四三三七万〇三六四円

前掲甲第七号証、証人平野荘の証言により真正に成立したものと認められる甲第五、六号証、第八号証、第九号証の一ないし四及び第一〇号証ならびに同証人の証言によれば、亡巌は、昭和二一年五月一四日生れで、本件事故当時満三〇歳であり、同四〇年四月高校卒業と同時に原告金庫高知支所に採用され、同四九年七月からは同金庫松江支所鳥取駐在員として勤務していたもので、同五〇年における年間収入は三二二万九七五四円であつたものと認められる。

したがつて、亡巌の稼働収入喪失による損害は、右三二二万九七五四円から生活費として三〇パーセントを控除し、これに同人が稼働するに可能であると認められる三三年間のホフマン係数一九・一八三四を乗じ、年五分の中間利息を控除して計算すれば、四三三七万〇三六四円となる。

(2) 慰藉料 六〇〇万円

亡巌の本件事故当時の年齢、職業、職場における地位及び家庭における一家の支柱としての立場等の諸事情を考慮すると、その慰藉料額は六〇〇万円が相当である。

以上、計四九三七万〇三六四円が、本件事故により亡巌のこうむつた損害額となる。

(二)  葬祭費 四〇万円

原告和枝本人尋問の結果によれば、亡巌の葬祭費として原告和枝が四〇万円を負担したことが認められ、右金額を原告和枝の相当の損害と認める。

(三)(1)  原告肇及び同岳の慰藉料 各二〇〇万円

幼くして父を失つた両名の将来を考えれば、各二〇〇万円をもつて相当の慰藉料と認めるべきである。

(2)  原告和枝の慰藉料 二〇〇万円

夫である亡巌の死亡により受けた精神的衝撃及びそれが将来に及ぼす影響を考慮すると、その苦痛は二〇〇万円をもつて慰藉されるのが相当である。

(3)  原告静子の慰藉料 一〇〇万円

我が子に先立たれた精神的苦痛を考えれば、一〇〇万円をもつて相当の慰藉料と認めるべきである。

(四)  右(一)の損害についての損害賠償請求権は、原告肇、同岳及び同和枝が各三分の一ずつ相続したので、これにより算出された各一六四五万六七八八円に各自の固有の右各慰藉料二〇〇万円を加えて、原告肇、同岳の損害賠償請求権の額は各一八四五万六七八八円、原告和枝のそれは右金額にさらに葬祭費四〇万円を加えた一八八五万六七八八円となる。

(五)  損害填補

原告らが自賠責保険金一五〇〇万円の給付を受けたことについては当事者間に争いはない。そして、弁論の全趣旨によれば、その内から、原告肇、同岳及び同和枝の損害に対し各四八〇万円、同静子の損害に対し三〇万円がそれぞれ充当されたもの(なお、残余の三〇万円については、亡巌の父重喜代―昭和五一年一一月死亡―の固有の慰藉料の一部として充当されたものと認められる)と認められるので、結局、損害残額は、原告肇、同岳については各一三六五万六七八八円、同静子については七〇万円となり、また同和枝については一四〇五万六七八八円となるが、そのうち本訴請求額である一三八〇万円の限度においてその賠償請求が認容されるべきである。

2  物的損害

前掲甲第一八号証、証人平野荘の証言により真正に成立したものと認められる甲第二六号証、成立に争いのない乙第一号証の一・二及び同証人の証言によれば、被害車は、原告金庫が昭和五一年五月に購入し、同月二四日に登録を経た新車で、本件事故当時まで約二か月しか経過しておらず、この間の走行距離も二五二四キロメートル程度であつたこと、またその購入時の車両価格は九〇万九〇〇〇円、付属品及び特別仕様の価格は一五万円(ただし、両者の合計から四万九〇〇〇円を値引)、購入に要した諸費用は一二万〇二一〇円であつたが、同車は本件事故により修理不能なまでに破損したことがそれぞれ認められる。

ところで、自動車が修理不能なまでに毀損したときは、これが滅失したものと同視すべく、その損害は、毀損時における当該自動車の時価によるのが相当であると解すべきところ、自動車はいつたん登録をして僅かな期間でも使用すれば相当程度価格が減ずるものと解されるから、本件被害車につき購入価格等の全部を損害とする原告金庫の主張は採用することができない。そして、前掲乙第一号証の一・二記載の財団法人日本自動車査定協会による評価は、一応客観的な立場による専門家の評価と推定されるから、他に格別の証拠もない以上、これを採用するのが相当であるというべく、これによれば、本件事故当時における被害車の車体の価格は七一万円であつたと認められる(乙第一号証の二の左下隅の「機能関係小計」欄に「七・〇」とある数値は「六・〇」の誤算と認められるので、その記載の評価額七〇万九〇〇〇円は右のとおり修正する)。また前記の付属品及び特別仕様の価格は、前掲甲第二六号証記載のその明細に照らすと、そのうちの幾何が本件事故と相当因果関係にある損害となるかを選定することは困難である。他方購入諸費用は、被害車を相当期間使用することを前提として支出したものであるから、使用期間が右のように短かかつた場合には、そのうちの相当部分は事故によつてこうむつた損害となるものというべく、その額は、前記一二万〇二一〇円から約八分の一を減じた一〇万五〇〇〇円と認めるのが相当である。

したがつて、本件事故により原告金庫がこうむつた損害は合計八一万五〇〇〇円と認められる。

3  弁護士費用

本件訴訟の程度ならびに後記認容額に鑑みると、被告らに賠償を求め得る弁護士費用は、原告和枝については一二〇万円、原告金庫については八万円と各認めるを相当とする。

六  本件第一九七号事件の訴状が、被告専一に対し昭和五一年一二月三日、被告前田及び被告会社に対し同月一日に、それぞれ送達されたことは記録上明らかである。

七  以上によれば、本訴請求は、

1  被告専一、同前田及び被告会社の各自に対し、原告肇、同岳は、前記五1(五)の損害残額各一三六五万六七八八円、原告静子は、同損害残額七〇万円、原告和枝は、同損害残額一三八〇万円に前記弁護士費用一二〇万円を加えた一五〇〇万円ならびに右弁護士費用を除く右各金員に対する本件第一九七号事件の訴状送達の日の翌日である、被告専一については昭和五一年一二月四日から、被告前田及び被告会社については同月二日から各支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の、

2  原告金庫は、被告専一に対し、前記五2の損害八一万五〇〇〇円に前記弁護士費用八万円を加えた八九万五〇〇〇円ならびに右弁護士費用を除く八一万五〇〇〇円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和五一年七月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、

各支払を求める限度においていずれも理由があるからこれを認容し、被告専一、同前田及び被告会社に対する、原告肇、同岳及び同和枝の、ならびに被告専一に対する原告金庫のその余の各請求、被告末松に対する、原告肇、同岳、同和枝及び同静子の各請求は、いずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏 奥田孝 石村太郎)

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